主演: ジャック・レモン、リー・レミック
1962年アメリカ映画。 徐々に壁に溺れていくカップルの悲惨な末路を淡々と描く
あらすじ(※):(ネタバレ注意)
俺の名前はジョー・アサダ。
日本風に「朝だじょー」と呼ばれる事もあるが、間抜けっぽいので「朝だっち」あるいは単に「だっち」と呼ばれるのが好みだ。
サンフランシスコで左官屋をやっている… いや、やっていた、だな。
壁塗り専門の大工 ― いわゆる壁大工ってやつだ。
俺のクラクラ人生を振り返ってみると、そこにはいつも壁があった。
俺の中では、壁塗りはいつでもありふれた日常の一部だったんだ。 ちょっと時間を見つけては壁を塗る。 少し浮いた金ができれば壁を塗る。 物心ついた頃からずっとそんな感じだ。
クラスの憧れの女の子をデートに誘って、ドキドキしながら初めて彼女の壁をぴんく色に染めた日は、急に自分が大人になったような気がして、周りのクラスメート共がガキに見えたもんだ。
だが、決してそれにハマっていた訳じゃねぇ。 壁塗り作業には「終わり」がねぇのはわかってる。 限度を超えて塗り続ければいつか身体を壊すってのも、わかっちゃいたからな。
俺のそれは、節度のある壁塗りだったはずなんだ…
だがあの日、パーティーであの女に出会った瞬間から、何かが狂い始めた。
女の名前はカースティン。 ひと目で惚れてしまった、美しい女だ。 取引先のでかい会社で秘書をやっているらしい。 最初は商売女だと勘違いしちまって、怒らせちまったんだけどな…
うまく仲直りした後、もちろん口説いたさ。 気は強いが、気立てのいい、イカす女だ。
やがて俺たちは付き合い始め、結婚もした。 娘も生まれて幸せだったんだよ。 最初は…
あいつは元々、壁は塗らない女だったんだ。 きっかけは分かってる。 あの日俺が、軽い気持ちで彼女に壁塗りを勧めちまったんだ。
Alexander ― 通称 “ドクロ壁” って呼ばれている。 軽くて塗りやすい壁だ。
非力な女の細腕でもサクサク塗れるんだが、実際にはキョーレツな壁でな、後からガツンと来る。 ナンパの時の女殺しのアレだ。
これにハマって、あいつは壁塗りの楽しさに目覚めちまった…
それからのあいつは、もう泥沼だ。 来る日もくる日も、毎日壁浸りでな。 壁を塗ってない時はねぇ、ってくらい、浴びせるように壁を塗ってるんだ。
壁に取り憑かれている、って言っていい。 誰がどう見ても文句なしの、完璧な壁塗り中毒者だ。
俺は俺で、仕事を口実に夜遅くまで壁を塗りたくって、フラフラになって家に帰る毎日だ。 あいつが壁に溺れていったのは俺が放っておいたせいで、寂しかったのかも知れないな。
もうね、有り金全部ドクロ壁につぎ込んでたよ。 ドクロ壁はひときわ値段が高ぇんだ、一枚50万ゴールドもする。
ちょっと稼いでは壁を塗り、金が無くなって、金欲しさに仕方なく仕事する。 それの繰り返しだ…
まさに、髑髏(どくろ)地獄だった… ふたりしてドクロ壁を塗りまくっていたよ。
もう訳がわかんなくなっちまって、家に火ぃつけるわ、仕事はクビになるわで、生活も立ち行かなくなった。 もう、ふたりで落ちるところまで落ちた、って感じだ。
しまいには、親戚に融通してもらった新しい仕事場でも暴れまくって、俺は壁断ちのための矯正施設送りになっちまった…
俺はこんな人生を夢見てた訳じゃねぇ。 壁塗りからは足を洗って、養豚業とか、まっとうな道を歩みたい…
施設を囲んでいる高い壁を見上げながら、そう決意したよ。
壁|ω・`)
壁の呪縛から解放された俺がようやく施設を出てみれば、あいつは他の男とどこかへトンズラしちまっていた…
だけど、一度は愛した女だ。 それに母親の愛情を知らない、まだ小さな娘のことも不憫(ふびん)でな。
あいつが今は他所(よそ)のクランにいるらしいって話を聞きつけて、迎えに行ってみたんだ。
だが、あいつは自分が “カベ中” だってことに未だ気づいてない。 「壁塗りたのすぃーし、良いんじゃね?」って思っている。
高い高い壁があたたかい太陽の光を遮(さえぎ)っている ――― そう、あいつは今、雪と氷に閉ざされ、陽の光の差さない冬の世界を彷徨(さまよ)っているに違いない。
俺は、この壁を打ち壊し、なんとかあいつにも立ち直って欲しいと切に願っていた… 1984年にマッキントッシュが誕生したように、1989年にベルリンに春が来たように。
壁の呪縛から解放されて、ふたたび陽のあたる世界に戻って欲しいんだ。
俺の言葉が、気持ちが、あいつの心に伝わったのか。 それはわからない。
物語はここで終わるのか、これから始まるのか、壁は黙してなにも語らない。
禍々しい髑髏(どくろ)を高きに戴き、いまや漆黒の鈍い光を放つ壁は、“しん” と冷たくただそこに聳(そび)え立つだけだ…
(BGMはこれにしますた: Bill Evans - Days of Wine and Roses)
壁はあらゆるものを押し流してしまう! 希望も職も… そして絶ちがたい二人の愛情のきずなまでも ― |